
家が近いので、よく車で雍和宮の前を通ります。
ある時事務所の運転手さんに、
「雍和宮って、元は何の場所だったか知ってるか?」と聞かれました?
雍和宮というのは元々雍正帝が即位前に住んでいた屋敷で、
皇帝が出た家に別の人を住まわせるわけにはいかないので、後に寺院にした、
と何かで読んだことがあります。
運転手さんにそう答えたら、
「皇帝の息子は故宮に住んでいたはずだ」と反論され、
それもそうだ、と納得したことがあります。
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私が初めて北京を訪れたのが1983年、夏休みの中国語研修でした。
研修先の北京師範学院では、ちょくちょく観光にも連れて行ってくれましたが、
一番最初に行ったのが、確か雍和宮です。
敷居の上に乗っかってお坊さんにしかられた以外、ほとんど記憶がありません。
去年の12月、雍和宮のそばに引っ越しても、近すぎて足を運んでいませんでした。
真夏の日曜日にちょっと暇ができたので、こないだの疑問を思い出し、
25年ぶりに雍和宮に行ってきました。
[久しぶりの雍和宮]の続きを読む
- 2008/09/14(日) 07:44:25|
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今年の5月、坂東玉三郎が北京にやって来て、
中国の役者と一緒に昆劇の「牡丹亭」を演じました。
私は見ることができませんでしたが、素晴らしい公演だったようです。
で、その舞台となったのが湖広会館。
元々は、清代に作られた湖南・湖北・広東出身者のための宿泊・会合施設です。
宣南地区には、各地の会館が集まっていました。
科挙の会試が行われる時には、大賑わいだったそうです。
これらの会館の跡がいくつか残っているので、ふらふらとたずねてみました。
[会館めぐり]の続きを読む
- 2008/06/22(日) 14:16:14|
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宣武門の南の地域は、清の時代の外城にあたります。
すなわち、満州族以外の人々が住んでいた地域で、独特の文化を持っています。
清末には、地方都市の同郷会のような、"会館"もこの地域に集中していました。
はちの父さんのブログで、再開発が進んでいると知り、行こうと思っていたのですが、
中国語タウン誌でも紹介記事を見つけたので、
お散歩に行ってきました。
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- 2008/06/10(火) 22:57:27|
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孔廟の南西の隅にある持敬門から、通しチケットで国子監に潜入。
といっても、違法でも何でもありません。
国子監には、3年前の夏に1度行ったことがあるのですが、
その時は、孔廟とは繋がっていなかった様な・・・
少なくとも、私は気づきませんでした。
前回の訪問後、私自身が国子監の隣に引っ越してきました。
今は、家の前から、国子監の中心的な建物、辟雍の瑠璃瓦が見えます。
この建物は何に用いられていたのか?
『地球の歩き方』には、皇帝が学を講じたと書いてありますが、
そもそもこの本では、国子監が科挙の会場だったと説明しており、
丁度、自分で確認したいなと思っていたところだったのです。
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- 2008/05/15(木) 06:35:25|
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