北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


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平壌市内散策-万景台

万景台



北朝鮮3日目は平壌市内散策です。

まずは、市街からちょっと南に外れた郊外、偉大な首領金日成主席の生家のある万景台を訪れました。
万景台のある山が万景峰(マンギョンボン)。
あの新潟にやってくる船の名はここから取られています。

きれいな庭園になっており、芝生の世話をしているおばさんも、妙に真剣に働いているように見えました。

<2005年10月3日>


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  1. 2005/11/29(火) 16:26:05|
  2. 北朝鮮旅行記
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平壌のエンターテインメント

カラオケ小姐



平壌到着直後に尹案内員から聞いたスケジュールには、1つだけお遊びメニューがありました。
2日目、開城から戻ったら、ボーリングをするというもの。
初日に主体思想塔に行く途中にボーリング場が見えました。

さて、開城から平壌に帰ってそのボーリング場に着きました。
しかし、どうも営業している様子がありません。

ガラスドアには張り紙が。
近寄って見たら、休業中、と書かれていました。

ちゃんと調べておいてくれー!

<2005年10月2日>

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  1. 2005/11/26(土) 21:46:26|
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北朝鮮名物料理-開城の飯床器

飯床器


何と言っても旅の楽しみは食事ですよね。

2日目昼食:開城にて宮廷料理「飯床器」
3日目昼食:平壌にて有名な「平壌冷麺」
3日目夕食:平壌にて人気の「アヒルの焼肉」

これが今回の旅行で食事の目玉ベスト3です。

料理だけでなく、一緒に食べた案内員さんとの会話、ウェートレスとの会話など、
食事の場面はやはり印象に残りました。

<2005年10月2日>

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  1. 2005/11/22(火) 00:02:30|
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古都開城(ケソン)

南大門


板門店を出ると、右側に丘の連なりが見えます。
李案内員が聞きました。
李「あの山は何かに見えると言われています。何に見えますか?当ったらご馳走します。」
私「うーん、寝ている女性。」
李「おっ、でもただの女性ではありませんよ。」
私「では、妊娠した女性。」
李「その通り。この山は子宝には恵まれるよう願いがこもっています。」
私「当ったからご馳走してください。」
李「いいえ、私のヒントがあったので、ご馳走はなしです。」

李案内員はケチです。

この山の麓にある古都開城(ケソン)は、高麗、李氏朝鮮時代の首都です。

<2005年10月2日>

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  1. 2005/11/16(水) 23:39:46|
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国家分断

軍事境界線


今回の旅行前に、以前北朝鮮に行った人の旅行記をブログで見ていました。
38度線上に建てられた建物の中では、軍事境界線を越えて南側に行くことができるそうです。

これは、アリラン祭と並ぶツアーの目玉です。

軍事境界線向かって、1列に並んだ日本人約13名が、非武装地帯に入りました。

<2005年10月2日> [国家分断]の続きを読む
  1. 2005/11/13(日) 12:32:20|
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平壌2日目の朝-板門店へ出発

ホテル食堂の女性


平壌2日目。
今日は韓国との国境、板門店に行きます。

朝7時に起きて指定された食堂に行くと、喜び組のお出迎えです。
ホテルの朝食は一応ビュッフェ。
基本的に洋食ですが、キムチとかおかゆのようなものもありました。
ホテル朝食


ここで、我々より1日早く北京を出発した日本人客8人に会いました。
やはり、板門店に行くそうです。
これから、あちこちで会ったり、分かれたり、また会ったり、という1日でした。

朝7:30、我々2人と案内員2名を乗せ、朴運転手の車が板門店に向けて出発しました。

<2005年10月2日>

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  1. 2005/11/12(土) 08:54:54|
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北京B級グルメ - 鹵煮火焼

煮込み鍋


北京の「小吃」を語ると必ず登場するのが「鹵煮火焼」。
日本で言えば、モツ煮込みです。

有名なお店は「小腸陳」です。
ある北京の雑誌で、この店が紹介されていました。
住所は、前門近くの廊坊二条、写真には「陳記鹵煮小腸」の看板が見えます。

廊坊二条にはよく行きますが、この店には容器持参で買いに来るお客さんがいつも行列を作っており、
店に入りきれない食事客が外のテーブルで食べています。

いつか入ってやろうと思ってました。

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  1. 2005/11/10(木) 00:27:08|
  2. 北京でグルメ
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風が吹いた翌日-北京の晩秋

万寧橋


北京の空気は汚い。
霧の様に空気を真っ白にしてしまうのは、「粒子状浮遊物質」。
煤煙、自動車排気ガスなどによる、典型的な大気汚染です。

ところが、強い風が吹くと、これが吹き飛ばされて、青空が広がります。

先週の土曜日、空気の汚れが日一日と増してきて、50m先も見えなくなった日の夜、
待ちに待った(?)強風が吹きました。

翌日の天気予報は晴。
久しぶりにクリアな青空が拝めそうです。

よし、景山公園に行こう!
故宮の裏にある公園で、小高い丘の頂上にある万春亭からは、故宮が一望に見渡せます。

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  1. 2005/11/08(火) 23:54:42|
  2. 北京でお散歩
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高麗ホテル

高麗ホテル


平壌には外国人観光客を泊めるホテルが2つしかないようです。
ひとつは大同江の中洲に立つ羊角島ホテル、どなたかのブログでみましたが、周囲には何もないようです。
もうひとつは平壌駅近くの高麗ホテル、45階建てです。

街並を散策したかったので、街中の高麗ホテルならいいなあと思っていたところ、願いがかないました。

<2005年10月1日>

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  1. 2005/11/06(日) 23:08:06|
  2. 北朝鮮旅行記
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アリラン祭

人文字


しばらく休んでましたが、北朝鮮旅行記の再開です。

今回の旅行代金は3泊4日で125,000円でした。他にビザ代9,000円、アリラン祭チケット(3等席)6,000円等、結構な金額がかかりました。

北朝鮮に資金援助するとはけしからん!とお叱りの向きもありましょうが、
国が豊かになれば考え方も変るのではないか、中国みたいに、と私は思ってます。


「北朝鮮なんか行くと、拉致されちゃうんじゃないの?」

何人もの人が真剣に心配してくれました。
でも、そんなことあるはずがない。

我々外国人観光客は、北朝鮮にとって貴重な外貨獲得源です。
観光旅行に行った人が万が一危険な目に会ったら、観光客は一挙に激減するはずです。
そうなっては北朝鮮もたまらないから、絶対観光客は大事にされるはずだ、と行く前から信じてました。

もう一度来たくなるよう、海外からの観光客にはすばらしいところを見せて、
願わくば帰国後に北朝鮮の良さを宣伝して欲しい、当局はそう思っていることでしょう。

<2005年10月1日>

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  1. 2005/11/04(金) 13:37:37|
  2. 北朝鮮旅行記
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日中3000人青年大交流

人民大会堂


今日、05年11月3日の新聞各紙では、前日に平山郁夫・日中友好協会会長と会談した中国共産党序列4位の賈慶林 全国政治協商会議主席が、「日中関係は『政冷経熱』状態だが、『政冷経冷』になる可能性がある」と述べ、「中国人民の感情を大きく傷つけ、これまで築いた政治的基礎を崩した」と小泉首相の靖国神社参拝を強く批判したことが報じられています。

これを読んで、内政干渉するな、と反中国感情を高める日本人も多いでしょう。

でも、同日付時事速報(北京・華北版)のトップには、このニュースを差し置いて、同じ日中友好協会 平山会長の別の会談の模様が掲載されていました。

3000人を超える日中両国の青年が相手国を訪問する、大規模な交流事業の計画です。

[日中3000人青年大交流]の続きを読む
  1. 2005/11/03(木) 20:42:15|
  2. 避けて通れない話題
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ソウル食い倒れ

南大門市場看板


今回の遠征は、私にとって3回目の韓国です。
最初は学生時代の1989年、済州島でサッカーの試合をし、ソウルにも遊びに行きました。
2回目は、1993年か94年、仕事の出張でソウルに行ったものです。

今年になって、中国ではソウルの中国語名を「漢城」から音読みの「首爾(ショウアル)」に変えました。

それでも一般的には「漢城」が使われていましたが、北京空港や機内のアナウンスは「首爾」となっており、一同しっくり来ない感じを持ってました。
(ちなみに、空港の電光掲示板は「漢城」のままだった)

試合前日の午後、市内のホテルについた後は自由行動なので、有志5人で夕食を兼ねて南大門市場に繰り出しました。

30年前大学の第3外国語で韓国語を勉強したKさん、『10日間のハングル』を3日分だけ勉強した私、他の人は全く韓国語ができません。
なんとかハングル文字は読めるので、地下鉄に乗って市場までは到着。

ここからが問題か、

と思っていたら、日本人観光客の多い南大門市場では皆さん日本語がおできになりました。

[ソウル食い倒れ]の続きを読む
  1. 2005/11/01(火) 13:25:42|
  2. 旅行記
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プロフィール

山大22号

Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
北京駐在中。
サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
生涯現役が目標です。

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