
九寨溝で食事ができるのは、Y字の交差点にある
ビジターセンターだけです。
珍珠灘から鏡海駐車場まで歩き、
そこからバスでビジターセンターに戻りました。
食事は、40元、60元、80元、120元のビュッフェと、
1卓数百元のテーブルセットメニューのみ。
料理の内容だけでなく、食べる場所も違います。
私は、雨がやむまで食堂で本でも読んでようと思ったので、
静かそうな場所を選びました。
80元のビュッフェは2階。
下から見る限り、混雑している様子はありません。
ちょっと奮発して、80元(約1200円)のチケットを買いました。
(2007年8月29日)
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- 2007/09/28(金) 13:53:57|
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昨日は、4時間以上歩いて足は棒状態。
お風呂で念入りにマッサージして本番に備えました。
前日見た天気予報によると、この日は"陣雨"。
にわか雨といった意味ですが、
朝起きて空を見ると、昨日より雲が厚くて低い、
しかも青空はまったく見えません。
でも、雨は降っていないので、九寨溝1日コースに出発しました。
前日確認したところ、開門は6時半、ホテルの食事は6時から。
6時半出発を目標に、5時に目覚ましをかけましたが、
出発は7時になってしまいました。
今日はホテル前にタクシーがいたので、6元(約100円)で体力を買い九寨溝の入口へ。
さすがに、これだけ早いと人はほとんどいません。
ホテルの食堂にいた人たちは、皆黄龍に行ったのでしょう。
ゲートの左端で今日の分のバス券を購入、ゲートを通過して中に入ると、
それでも大型のバスはほぼ満席です。
(2007年8月29日)
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- 2007/09/25(火) 06:00:00|
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"九寨溝"という名前はどうして付けられたかというと、
この地区に、九つの部落("寨")があったから。
どれも、チベット族の部落です。
9つの部落のうち、3つの部落は観光客が立ち入ってもいいように、
整備が進んでいるそうです。
足を冷やして歩き出すと、すぐに部落が見えてきました。
"樹正寨"です。
(2007年8月28日)
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- 2007/09/22(土) 16:10:04|
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それでは、私の歩いた九寨溝と黄龍をご紹介します。
前日の夕方、空港に着いたところで高山病の症状を感じたので、
初日の午前中はゆっくりと起き出し、
ホテルの周りをブラブラ散歩しました。
朝窓から見た時は曇りがちでしたが、
午前中のうちに晴れてきました。
いよいよ九寨溝へ出かけたのは、
昼食を済ませた12:30頃でした。
(2007年8月28日)
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- 2007/09/19(水) 01:17:00|
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8月末から9月初にかけて2週間の休暇を取りました。
前半はオーソドックスな九寨溝/黄龍に行きました。
本当に、想像以上の美しさ。
黄龍行きのバスで隣に座ったイギリス人は、
"Unreal(現実でない)"な風景と評してました。
九寨溝/黄龍行きに際しては、
経験者のブログや旅行情報が大変参考になりました。
参考にした知人のブログ:
http://mint3312.blog.drecom.jp/daily/200609/12/
http://plaza.rakuten.co.jp/xiongtai1985/diary/200707210000/
私も恩返しのつもりで、
まず旅情報をまとめてみます。
[九寨溝への誘い]の続きを読む
- 2007/09/16(日) 23:57:10|
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桂公府の入り口を入った右側には、茶室があります。
元々レストランより茶室がメインだったのか、
朝陽門内南小街から方家園胡同への入口には、
"翰墨軒茶(桂公府)"と、茶館の名前を前面に出した案内板が立っています。
レストランも、茶葉を使った料理が売り物です。
この日は、3つ並んだ四合院の一番奥、
三進院の正房で食事を取りました。
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- 2007/09/11(火) 23:11:29|
- 北京でグルメ
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格式ある四合院を利用したレストラン"桂公府”。
会社からも近いので、よく接待に使います。
北京駅前から、長安街を抜けて朝陽門内南小街をまっすぐ北上、
金宝街を過ぎたら最初の信号を右に入ったあたりです。
新しい団地に囲まれてぽつんと残されたこの四合院。
西太后の弟、承恩公桂祥の邸宅でした。
桂祥は"桂公爺"と呼ばれていたので、
この邸宅も"桂公府"と呼ばれるようになったそうです。
レストランのおしぼりが入った紙袋には、こんなことが書かれてます:
「西太后が宮中に入る前、娘の時代に住んだ家」
オヤッ?
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- 2007/09/07(金) 08:08:11|
- 北京でお散歩
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