
頤和園の聴鸝館で食事を終えた同窓会のメンバー、
ビールと白酒が入っているので、いい気分です。
天気も良かったので、正門に当たる東門まで湖の周りを散歩しました。
ここには、「長廊」と呼ばれる回廊が通っており、
中国の古典に題材をとった絵が、数千枚描かれています。
それぞれの絵が、どの物語の、何の場面か、ほとんどわかりません
と、思ったら、これは西遊記ですね。

おや、劉備、関羽、張飛の3名が諸葛孔明を訪ねています。
三国志の三顧の礼の場面です。

同じく三国志で、蜀と呉の連合軍が、揚子江をはさんで魏の軍隊と戦う赤壁の戦。
それに先んじて、矢の少ない呉の将軍が、蜀の諸葛孔明に10万本の矢を集めるよう頼みます。
3日で集めて見せると豪語した諸葛孔明、
霧の深い夜、わら人形を船側に並べて魏軍に近づきます。
銅鑼と太鼓の音に驚いた魏軍は、すわ敵軍の急襲とばかり、必死に矢を射掛けます。
ところが、矢はわら人形に突き刺さり、諸葛孔明は見事10万本の矢を手に入れるのです。

金に攻められて中国南部に逃れた南宋に、岳飛という将軍がいました。
和平を主張する政界にあって、主戦論を展開し、
中国では愛国者として英雄扱いされています。
この岳飛の母親が猛烈で、
若い頃息子の背中に「尽忠報恩」と刺青をして、叱咤したそうです。

しかし、頤和園を作った清朝は、金と同じ女真族の王朝です。
当初、「後金」という国名を名乗っていました。
金にたてついた漢民族の英雄を、良くこんなところに描きますね。
老荘思想というのは有名ですが、その荘子と知人の会話:
知人:あそこで泳いでいる魚は実に楽しそうだ。
荘子:お前は魚ではないので、魚が楽しんでいるかわかるはずがない。
知人:お前は俺ではないから、俺がそのことをわかるかどうか、わかるはずがない。
わけのわからない禅問答ですが、「知魚楽」というお話です。

長廊からみえるこの橋は、知魚楽橋というそうです。
山大22号さん、さすがは歴史を専攻しただけあってよく知ってますね。
なんて感心しないでください。
以上はすべて、一緒にいた同窓会のメンバーから教えてもらったのです。
我々が食事をした聴鸝館は、西太后が京劇などを鑑賞した場所ですが、
観劇の舞台は、後に新しい建物に移りました。
こちらがその徳和園。

3階建てで、3階は天国の神様、1階は地獄の鬼達のためだそうです。
入口の照壁にはこんな模様がありました。

幸せのしるし、こうもりです。
これより中に入ると10元取られるので、引き返します。
正門をでると、門枕石、
俗に言う門dun[石敦(併せて1文字)]があります。

北京の街中でよく見かける門枕石は、丸い太鼓の形です。
壁との間の三角の部分はありません。
故宮には、三角部分が壁の方についていた門があった気がします。
どういう違いがあるのか、誰も知りませんでした。
- 2007/06/11(月) 13:55:00|
- 北京でお散歩
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