
私が会社に入ってから最初に駐在した国が、インドネシア。
ここには、「ワヤン・クリット」という、
水牛の皮で作った影絵人形の伝統芸能があります。
今年の春節には、カンボジアのアンコール・ワットに行きましたが、
そこにも「スバエック・トーイ」という、影絵芝居がありました。
そして中国。
もちろんここにも似たようなものがあり、「皮影戯」と呼ばれています。
使われているのは、牛の皮が多いですが、馬や驢馬もあります。
最近の骨董ブームの中で、
明清時代に作られた影絵人形は非常に高く取引されています。
中国美術館で、その影絵人形の展示会が開かれていたので、
見に行ってきました。
ついでに見物したのは、
3階で行われていた、プラド美術館所蔵のスペイン絵画の特別展示、
題して「"提香"から"戈雅"まで」です。
"戈雅"はゴヤとわかりましたが、"提香"って誰?
まあいいや、これも全部見られて20元(約300円)はお得です。
ちなみに、1階は建軍75周年を記念した人民解放軍の絵画展。
こちらも参観可能でしたが・・・。
P.S.
"提香"は"ティツィアーノ"でした。
その方、存じ上げません。
本題は皮影戯でした。
5階の1フロア全部が影絵の展示です。
私が今まで見たことがあるのは、
人形だけ、頭だけ、椅子だけ、
といった単品です。
でも展示室に入ってびっくり。
後から蛍光灯に照らされて、スクリーンに映っているのは、
背景の建物も全てを含む大規模なもので、
しかもそれが非常に精巧に作られていました。

こういう大規模なものは、中国の人なら皆知っている、
物語から題材がとられています。
例えばこちらは「混元盒」の一節。

道士"張天師"が、悪者道士"金花聖母"をやっつける物語です。
張天師は、金花聖母が繰り出す妖怪を退治すると、
自分の持つ魔法の箱「混元盒」に閉じ込めてしまいます。
この場面は、誰かの告げ口によって明の世宗皇帝から咎めを受けた張天師が、
悪者を退治した後、皇帝に謁見して無実の罪を晴らす場面です。

これは明末清初の北京の物で、
細部を見ると、牛の皮でできている様子がよく見えますね。
展示室では、ビデオで影絵芝居の模様も流していました。
インドネシアやカンボジアで見たものは、
人形をスクリーンにくっつけてくっきりした影を映していました。
中国も基本は同じですが、
わざと人形をスクリーンから離して、影をぼかす技法も使っていました。
こちらは清代の陝西省の作品で、物語は"八仙過海"。

八人の仙人が海を越えるのですが、
それぞれ、自分の得意技を発揮し、別々の方法で海を越えます。
一人一人、違うものに乗っているのがわかりますか?

これもやはり清代の陝西省モノ、物語はおなじみですね。

田舎の庵に引きこもっていた諸葛孔明を、
劉備、関羽、張飛の義兄弟が、蜀の国に招くため、
三度訪問してやっと応じてくれたという、
三国志の、いわゆる「三顧の礼」の場面です。
左に座っているのが諸葛孔明。
孔明と向き合う劉備の後には、真っ赤な顔の人がいますね。
赤い顔は関羽と決まっています。
ウンチクはこの辺にして、
誰でも見ればわかるものをご紹介しましょう。
妖怪編です。

これらは、「白蛇伝」に出てくる水の中の妖怪です。
こちらは、水木しげるチックですね。

次は、北京の民間芸能。比較的新しい作品です。
横長のスクリーンに、北京のお祭の風物が展示されています。

馬車の荷台のはしごの上で逆立ちしてるのは、
雑技ですね。

高足踊り(高蹺)で飛び跳ねてるお二人。

後ろの人は魚を持ってるので、魚屋さん?
前の人が持つのぼりには"専治眼疾"・・・目医者ですね。
横浜の中華街でもよく見かける龍の舞もありました。

そもそも中国の皮影戯の歴史は長いようで、遡ること漢の武帝の時代、
官女が桐の葉を切って影絵遊びをしたのがその原型などとも言いますが、
宋の時代には広く行われるようになり。
明清の時代には、演目も増え、王侯貴族の間で非常に流行したようです。
人形の作風も、陝西省を中心とする西部、河北省などの北部、
臨安というから今の杭州一帯の南方、が三大皮影中心です。
宋の時代以降影絵は海を越え、東南アジアやペルシャ、トルコ、
果てはドイツ、フランスまで渡ったんだとか。
では、「ワヤン・クリット」も「スバエック・トーイ」も、
元祖は中国?
中国の人に言わせると、何でも中国が発祥になっちゃいますからね。
ところで、デジカメというのは便利ですね。
博物館で説明書きをパチパチ撮っておけば、
その道の大家のようなブログがすぐ書けちゃうんですから。
- 2007/08/19(日) 00:02:52|
- 北京でお散歩
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