
杭州で私が泊まったのは、西湖の北岸にあるシャングリラ・ホテル。
かつての杭州飯店で、毛沢東も泊まった歴史のあるホテルです。
上の写真は、その隣にある新新飯店というホテル。
ここは、1921年に大阪毎日新聞の特派員として訪中した芥川龍之介が、
杭州を訪れた時に泊まったホテルです。
ホテルにあった日本語フリーペーパーによると、
彼は、杭州が好きではなかったようです。
その理由は、新たに洋風建築が立ち始め、
雰囲気を損ねているから。
今では、その洋館がレトロな雰囲気を街にもたらしており、
我々はありがたがっています。
時の流れはわからないもんですね。
ところで、この新新飯店、
上のほうに、年号が書かれています。

ん?
これって、1922年開業って意味では?
すると、1921年の3月から7月までしか中国にいなかった芥川龍之介は、
どうやってこのホテルに泊まったのでしょう???
さて、上海に到着直後体調を崩し、20日間の入院を余儀なくされた芥川、
回復後は杭州、蘇州、南京、廬山、長沙、漢口、洛陽を経て北京に到着しました。
北京で、彼が勤める大阪毎日新聞の事務所があったのが、八宝楼胡同。
私の今の事務所からも近い、東単の南東です。
ちょっと前までは、東単の南東角には昔の店が残っていましたが、
最近見に行ったら、取り壊されていました。
問題の八宝楼胡同、
ここだと思うのですが、表示は蘇州胡同。

いずれにしても、旧大阪毎日新聞の社屋は残ってそうにありません。
おやっ、
胡同の入口に、こんな表示がありました。

そこで世間話をしてるおじさん、おばさんに、
どうして二つの名前が書いてあるのか聞いてみましたが、
知りませんでした。
本来、八宝楼胡同は南北の通り、蘇州胡同は東西の通りです。
とりあえず、蘇州胡同に行ってみましょう。

北京の一番の繁華街、王府井、東方広場のすぐ南とは思えない、
昔ながらの路地が広がっています。
そこから南八宝胡同という路地に入って見ると、
平屋の合間からこんな建物が見えました。
この洋館、ちょっと怪しい。

蘇州胡同に戻り、入口を探して見ると、
恐らくこの門だ!

勝手に進入すると、
こんな長屋です。

ややっ!
正面には先ほどの洋館が見えました。

私の立っている右側の長屋で、
おばあさんが料理をしていました。
私:この建物は、昔何の建物だったか知ってますか?
婆:ムニャムニャ・・・
私:(大声で)この建物は、昔何の建物だったか知ってますか?
婆:こりゃ、日本人が建てたんじゃよ。
私:日本人は、何に使ってたんですか?
婆:こりゃ、日本人が建てたんじゃよ。
丁重にお礼を述べて、この場を去りました。

当時、このあたりには日本の旅館も多かったらしいので、
あの婆さんの証言だけでは、大阪毎日新聞とは断定できません。
芥川龍之介の勤務場所はいまだにわかりません。
杭州が気に入らなかった芥川龍之介、
北京は大好きだったようです。
- 2007/08/31(金) 18:58:13|
- 北京でお散歩
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