北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

J-Asia Cup in Korea

J-Asia Cup


今月初めの北朝鮮に続き、28日~30日ソウルに行きました。
1ヶ月間の間に、朝鮮半島南北制覇です。

「同じ民族が、異なる体制の下では、どのような姿を見せるか比較研究する」

なんて高尚な目的があったわけではありません。

私の所属する北京日本人サッカーチームが、ソウルで行われた第9回J-Asia Cupに参加したのです。


J-Asia Cupというのは、アジア各地の日本人サッカーチームが、年に1度集まって互いの技と力と酒量を競う大会です。

最初の大会は1998年にシンガポール、バンコク、ジャカルタの3チームがバンコクに集まって行われました。
その後参加チームが増えていき、ここ数年は毎回10チーム程度が参加しています。

今年の第9回大会は、10ヶ国11チームが参加しました。
前年の順位通りに並べると、バンコク、上海、香港、クアラルンプール、ジャカルタ、台北、マニラ、ソウル(A/B)、シンガポール、そして今回初参加の北京です。

私は、92年にジャカルタ、94~97年に香港でそれぞれ日本人チームに所属していました。
でも、この大会に私の所属チームが参戦したのは、いずれも私の帰国後。
今回念願の大会出場がかなって、気分は最高です。

もう一つうれしいのは、10年前香港で一緒にプレーしていたメンバー5人が、各地のチームに分かれて参加していること。
上海のIさんは最初の1試合出るためだけにソウル入り、バンコクのIさんは連絡の取れなくなっていた旧友の消息を教えてくれました。まだ香港にいるNさんは新婚の妻を家に置いての参戦。そしてもう一人香港のTさんは、大会関係者の顔となっています。

2グループに分けてのリーグ戦と、各リーグ同順位チームによる順位決定戦まで、各チーム5試合を1日の日程で戦います。
そのため開始は朝の7:30。
試合時間はリーグ戦がハーフタイムなしの25分、順位決定戦が15分ハーフ(優勝決定戦のみ20分ハーフ)です。

初めて今大会に臨む北京チームの参加者はわずかに12人、交代は1人だけです。
何人でも自由に代えられるローカルルールを全然生かせません。
しかも、50歳台1名、40歳台5名という構成。
私は北京空港でこのことを知り、疲れたら交代してもらおうという甘い考えを捨てざるを得ませんでした。

大会当日の10月29日(土)、まだ真っ暗な早朝5:30にソウルのホテルを出発、
バスで向かったのは、2002年日韓大会で使用された水原(スウォン)ワールドカップ競技場

水原W杯スタジアム


のとなりのサブグランドです。

到着したのは6:30。まだ暗くて大会資料も読めません。
それより、寒い。気温は5℃くらいでしょうか。
北京から来た我々でも寒く感じるので、普段Tシャツ1枚の東南アジア組は、さぞ大変だったでしょう。
開会式直後の開幕戦、我が北京チームの相手は、前回優勝のバンコクです。
寒さに震えている朝のうちがチャンスだっ。

・・・結果は、0-4と完敗。
私は開始5分で軽い肉離れを起こすというおまけつきでした。
次戦は強敵マニラに0-0の引き分け、次いで台北とKL戦を共に0-1の接戦で落としてグループ戦終了。
1点も取れませんでしたが、マニラ戦の引き分けが物を言い、6チームの変則リーグ戦のため対戦のなかったソウルBチームを勝ち点1差でしのいでグループ5位、最下位を逃れました。

9位 & 10位決定戦では、勝負より1点を取ることに命をかけたのが当り、見事な初得点。
同点に追いつかれたものの、PK戦を制して9位を確保しました。

我がチームが本領を発揮したのは、試合後に近くの焼肉屋で行われた打ち上げ会です。
チーム紹介の場で、挨拶を終えたキャプテンがおもむろに腰のポケットから取り出したのは韓国焼酎ソジュのボトル。
これを挨拶代わりにイッキ飲みしました。
50℃以上の白酒をしょっちゅう飲んでる我々はあまり驚きませんでしたが、
他国からの参加者、特に地元ソウルチームの度肝を抜きました。

私個人は、最後の10分で両足を攣って交代してもらった以外、合計120分プレーしました。
翌朝は膝がずきずき痛んで目が覚め、起きようと思っても痛くて膝を曲げられません。
帰りの空港では、荷物のカートを老人用歩行器として使い、ボロボロになって北京に帰りました。

幹事としてすばらしい運営をしてくれたソウルチーム、特に北京担当のSさん、
北京チームで今回の遠征を取りまとめてくれたMさんとIさん、
そしてへとへとになりながら最後まで一緒に戦った仲間達と応援のOさんご家族、参加した他チームの選手に感謝!

参加して本当に楽しかったです。

大会の模様は、メインスポンサーであるNNAのホームページでも紹介されています。
http://nna.asia.ne.jp.edgesuite.net/free/sports/051017_sel/
スポンサーサイト
  1. 2005/10/31(月) 22:14:51|
  2. 旅行記
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0
<<ソウル食い倒れ | ホーム | 主体思想塔から日帝の架けた橋を見る>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://bjhimatsubushi.blog29.fc2.com/tb.php/17-e351c41a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

10月30日(日) 道路工事が多い北京市内

(北京のブロガの紹介は最後です)国慶節が明けてから、道路工事が増えてきたような気がする。ビル建設工事は相変わらずだが、道路を掘り返す風景も良く見かける。夜間にも工事をしていることもある。道路の改修、下水、電話回線(光ファイバかも?)敷設、発掘、盗掘と様々
  1. 2005/11/02(水) 22:56:33 |
  2. 帰任まであと何日?北京より

プロフィール

山大22号

Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
北京駐在中。
サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
生涯現役が目標です。

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。