北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

引っ越しの前に・・・徒歩通勤路

117北極閣三条

今住んでいるマンションから会社までは、歩いて約25分。
東単北大街と朝陽門南小街の間にある、小さな胡同を通るのが楽しみで、
いくつかある胡同を、代わる代わる歩いています。

北から見ると
金宝街:大通りでつまらない。
東堂子胡同:北京市公安局の苦情受付所があり、
        朝は各地から来た苦情を言う人と、公安局員で大混雑。
        東側には立派な洋館が残っています。
外交部街: 迎賓館跡があります。
西総部胡同:李鴻章の家祠が、壁だけ残ってます。
新開路:  "新"と言っても相対的に新しいだけで、清の時代からの胡同。

そして、一番南にある北極閣三条は、
すぐ南が長安街とは信じられない静けさで、
私の最もお気に入りの通勤路です。

今日は、このルートをご紹介しましょう。


マンションを出て金魚胡同を東に進み、
最初の交差点を右折すると、バスもたくさん通る東単北大街です。
道の向こう側(東側)の塀の向こうに、赤い洋館がいくつか見えてきます。

東単北大街協和医院宿舎

これは、近くにある協和医院の宿舎です。
1920年代にロックフェラー財団によって作られた協和医院、
この宿舎には当時医療の専門家が住んでいたようです。

もう少し南下すると、右手にその協和医院が見えてきます。
当時の建物は裏手にあり、今は病院としては使われていません。
表からも、一部美しい洋風建築が見えますね。

104協和病院

この病院には、外国人/幹部専用の受付がありますが、
サービス内容は・・・

中国の病院を見てみたいという方にはお薦めします。

このあたりで東単北大街を東側に渡り、
ちょっと南下したところにあるのが、お目当ての北極閣三条です。

入るとすぐ左手に、古い中国建築が見えてきます。
以前のブログでも紹介した、寧郡王府です。

107寧郡王府

今は旅館になってるとのことですが、いつも門がしまっています。
でも、朝は開いているので、
「関係者以外立ち入り禁止」を無視してちょっと入ってみました。

中には広い庭と、大きな建物がありました。
最近読んだフリーペーパーによると、
20世紀初頭には、
アメリカ人毛織商が、カーペット工場として使っていたこともあるそうです。

寧郡王府中

窓のところに白くて長細いものが見えますね。
誰が食べるのか、葱を干していました。

まっすぐ東に歩くと、道が北に曲がり、すぐ東向きに戻ります。
ここには、協和医院の別の宿舎があります。

116協和病院宿舎

窓が開いている部屋もあるのですが、
あまり使われている様子はありません。

111協和病院宿舎

宿舎が過ぎたところに十字路があり、
その南東角の門には赤いちょうちんがかかり、門はいつも閉まっています。
実は、ここは昆劇を見ながら食事ができるレストランです。

その隣、北極閣三条22号には立派な門があり、
塀の上には緑色の瑠璃瓦が見えます。

門から中に入っても、誰からもとがめられません。

0022北極閣三条22寺院

ここには、清の時代に縁慶禅林という寺があったそうで、
道光17年(1837年)に修築された後、
中華民国の時代には、協和医院の所有となっていました。
横の壁に見えるドアは、その時に作られたもの。

0024北極閣三条22寺院

ひさしには、お寺の名残が残っていますね。

この東隣には、20世紀初頭に建てられた洋館があります。

ここは、当時協和医院が使っていただけでなく、
今でも、協和医院の宿舎だそうです。

0025北極閣三条22洋館

2階の廊下の端に男の人が立っているのが見えますね。

ちょっとぼけてますが、階段と2階のお宅のドアです。

0031北極閣三条22洋館階段0032北極閣三条22洋館ドア

ちなみに、この潜入は通勤時に行ったものではありません。

元の北極閣三条に戻りましょう。
正面に、建設中の婦女連合会ビルが見えてきたら、散歩道も終了。

日本に行ったことのある中国の方々は、
日本の街並は掃除が行き届いていてきれいだと言います。

胡同に住む人々だって、きれい好きですよ。

119北極閣三条落葉


引っ越すと、ここを歩いての通勤もできなくなりますね。

スポンサーサイト
  1. 2007/12/07(金) 21:31:04|
  2. 北京でお散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<窑洞を目指して | ホーム | 引っ越しの前に-近所にあった四合院食堂>>

コメント

yukoさん
観音寺22号ですか。
今度調べてみましょう。
  1. 2008/09/12(金) 08:25:03 |
  2. URL |
  3. 山大22号 #-
  4. [ 編集]

DVDで「火龍」を見たのですが、その映画の中で、反帝病院で死ぬシーンがあったので調べてみたら今の協和病院であることがわかりました。

それから、観音寺22号に引っ越すというセリフがあったので住所を探しましたが、前門のルリチャン側に観音寺街という商店街がありましたが、観音寺22号という住所は見つけられませんでした。
  1. 2008/09/11(木) 19:07:20 |
  2. URL |
  3. yuko #-
  4. [ 編集]

yukoさん
協和医院で溥儀が亡くなったとは知りませんでした。
私こそとても勉強になります。
  1. 2008/09/11(木) 06:43:51 |
  2. URL |
  3. 山大22号 #-
  4. [ 編集]

協和医院は溥儀さんが亡くなられた元「反帝医院」だそうです。
  1. 2008/09/11(木) 03:11:32 |
  2. URL |
  3. yuko #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://bjhimatsubushi.blog29.fc2.com/tb.php/192-d3c1bace
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

山大22号

Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
北京駐在中。
サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
生涯現役が目標です。

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。