北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


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宣南の風景

37迎新胡同

宣武門の南の地域は、清の時代の外城にあたります。
すなわち、満州族以外の人々が住んでいた地域で、独特の文化を持っています。
清末には、地方都市の同郷会のような、"会館"もこの地域に集中していました。

はちの父さんのブログで、再開発が進んでいると知り、行こうと思っていたのですが、
中国語タウン誌でも紹介記事を見つけたので、
お散歩に行ってきました。



地下鉄宣武門駅からまっすぐ南に歩くと、菜市口に出ます。

清末に、光緒帝と組んで西太后の支配に対する改革運動が起こりました。
高校では、「変法自強運動」と習った気がします。
一時は西太后を引退に追い込みましたが、再び巻き返され、
国外に逃げ遅れた首謀者は逮捕されてしまいました。

彼らが処刑されたのがここ菜市口。

20菜市口南大街

こんな大通りになって、当時の面影はまったくありません。
でも、刑場跡ということで、あまり人気はないそうです。

大通りに1本西側の胡同が爛漫胡同。
いくつかの会館跡が残っています。

18爛漫胡同

ご覧の通り、古い家屋を新たに造り替えています。
我が家のある雍和宮周辺も、全面的に取り壊して再開発するのでなく、
雰囲気を残しながらの改築が中心です。

ふと覗いた、山東の名を冠した饅頭屋さん。
私が山東に留学したと言うと、特に台湾人から「饅頭ばかり食べていただろう」と言われます。
それくらい饅頭が有名な地域なんですね。

13爛漫胡同饅頭屋

近所の人々が入れ替わり立ち代りやって来て、饅頭を買っています。
私も小腹がすいたので、出来立ての饅頭を売ってもらいました。
何の餡も入ってない饅頭ですが、軽い塩味がついていて、うまい!
さすが山東饅頭。

大通りを渡って、本日の目玉、米市胡同に行きました。
ここにもたくさんの会館跡があるはずですが、
はちの父さんからは取り壊しの情報が入っていたところです。

南側から胡同の入口を探してみると、

22米市胡同

フェンスの隙間からは、こんな景色が覗けます。

21米市胡同

現場監督らしきおにいちゃんがやって来たので、声をかけました。
ここにはビルを建てるとのこと。
取り壊しは胡同の真ん中で、北の方は取り壊してないそうです。

変法自強運動の主導者康有為が住んでいた南海会館などは、どうなったんだろう?
東側にある迎新胡同を通って、北側に回ってみることにしました。

この胡同の南側の入口近くには、鹵煮の名店"小腸陳"がありますが、
午後4時半ではまだ準備中。
道を渡って、胡同に入っていきました。

状況は結構悲惨です。
まだ建物は立ってますが、
これでもか、とばかり「拆」のマークが壁に書かれています。(冒頭写真)

69号には雲南会館があったはずですが、確認不能。

更に北上すると、こんな門を発見しました。

43迎新胡同57号 地蔵禅林門

"古刹地蔵禅林"と書かれています。
門の中には人が住んでいるようですが、入ってみましょう。

「寺院建築を研究してるものですが」等と口からでまかせを言うと、
外にでて編み物をしていたおばさんがいろいろ教えてくれました。

正面がお寺の本殿だったそうです。

44迎新胡同57号 地蔵禅林大殿

以前は裏にもお堂があったそうですが、再開発で壊されたとのこと。
お寺の石碑は、おばさんちの前で舗装に使われてます。

45迎新胡同57号 地蔵禅林碑

おばさんのサンダル見えますか?
この碑が立てられていた土台の石は、
誰かが増築した部屋の基礎になってました。

取り壊しが進んで、住む人もまばらになったこの胡同、
でも、人々が和む場所はちゃんと残ってるんですね。

47迎新胡同サロン

ほとんど取り壊されている門の前に、
立派な門枕石が残っていました。

50包頭章胡同4号門枕石

私は、骨董品街で模倣品の門枕石を買って家の前に飾ってますが、
いらないなら、この石持って帰りたいです。

51包頭章胡同共産対聯

共産党を讃える対聯と、
共産党のお墨付きで書かれた「拆」マーク。

住民はどういう気持ちで立ち退いたんでしょうか?
新居が気に入っていることを願っています。


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  1. 2008/06/10(火) 22:57:27|
  2. 北京でお散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

n.pさん
コメントありがとうございます。
私も、第三者的にはもったいないと思うのですが、
永遠に残しておくわけには行かず、
そもそも、清の時代にこの建物を建てたときには、古い建物を壊しているはずですから、
取り壊しは否定できません。
記憶に焼き付けておくしか、できることはないと思ってます。
  1. 2008/06/11(水) 23:14:20 |
  2. URL |
  3. 山大22号 #-
  4. [ 編集]

何時も素敵な写真とすばらしい記事をありがとうございます。私も胡同歩きと家の門を見るのが大好きなのですが、カタコトしかしゃべれない一旅行者としては、門の中まで見せていただくのはためらわれますので(せいぜい家の前でじっと見るくらいしかできませんので)大変楽しく読ませていただきました。それにしても、どんどん壊してもったいないですねえ。そのままにしておいて、どこか他のところに新都心を作ってもらいたいものです。
  1. 2008/06/11(水) 23:05:45 |
  2. URL |
  3. n.p #GD9XQPA2
  4. [ 編集]

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Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
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サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
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