北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


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古都開城(ケソン)

南大門


板門店を出ると、右側に丘の連なりが見えます。
李案内員が聞きました。
李「あの山は何かに見えると言われています。何に見えますか?当ったらご馳走します。」
私「うーん、寝ている女性。」
李「おっ、でもただの女性ではありませんよ。」
私「では、妊娠した女性。」
李「その通り。この山は子宝には恵まれるよう願いがこもっています。」
私「当ったからご馳走してください。」
李「いいえ、私のヒントがあったので、ご馳走はなしです。」

李案内員はケチです。

この山の麓にある古都開城(ケソン)は、高麗、李氏朝鮮時代の首都です。

<2005年10月2日>


最初に連れて行ってもらったのが、高麗博物館。
高麗王朝の時代に、成均館という当時の最高学府があったところだそうです。
北京で言えば、国子監といったところでしょうか。
(北京に詳しくない方へ:清の時代に、科挙の準備のために勉強した学校。当時のカンニング道具なども展示されている)
高麗博物館案内図

案内図でわかるように、広い敷地の中に建物が点在しています。
中は博物館になっており、歴史的な展示物が、わりと無造作に展示されていました。
西側の一角には、周辺の遺跡から発見された石塔などが移設されています。

講堂


こちらは、当時講義を行った教室だそうです。
中国の史跡は、どこも綺麗な彩色が施されています。
当時の色彩を再現しているのかもしれませんが、我々日本人にはちょっとなじめませんね。
古色蒼然とした朝鮮の史跡の方が親しみを覚えます。

今日の昼食は、開城名物の飯床器(パンサンギ)。我々は、参鶏湯(サムゲタン)も特別注文しています。
もう12時なので、食事に行くかと思えば、別の史跡に案内されました。

善竹橋


これは、善竹橋です。
高麗王朝末期、高官であった李成桂が腐敗した王朝を倒して新政府を作ろうと画策、同僚の鄭夢周に声をかけました。
しかし、鄭夢周は臣下としてあくまで高麗王家を守ることを選択、遂に李成桂に暗殺されてしまったのです。
その後李成桂は李氏朝鮮を建国しました。
善竹橋は、鄭夢周が暗殺された場所で、今でも彼の血が残ってます。

案内員さんの説明はこんな感じでした。
私は大学で歴史(しかも東洋史)を専攻したことになってますが、この話は全く知りませんでした。

確かに赤い色が見えます。
李氏朝鮮は、「いざ国建てんと李成桂」と覚えたので1392年建国のはず。
いくらなんでも600年も前の血の跡が残っているとは思えません。
それでは、この赤い色は?別の暗殺か、はたまた粛清か?

鄭夢周は、暗殺までした政治的ライバルですが、李成桂は、あくまで主君に尽くそうとした鄭夢周の忠誠心を高く評価、どんな身分の高いものでも、ここに来たら馬を下りるように、と下馬碑を立てました。

下馬碑


私は、下馬碑を写すふりをして、隣で休んでいる人々の写真を撮りました。
入国してまだ2日目。
街並みの写真を撮るのは自由だと言われていましたが、人を撮る時は気をつけるように注意されており、このときはまだ緊張してました。
顔がよく見えないのですが、普通の人のスナップ第1号です。

結婚式を迎えたカップルが、付き添いに連れられて善竹橋にやってきました。
パチパチ写真を撮っています。
北朝鮮では、結婚式と一緒に有名観光地を訪れ、記念写真を撮るのが習慣だそうです。
独身観光客としては、あやかってカップルの写真を撮りたくなりますね。
案内員さんに声をかけてもらったところ、快諾してもらいました。

結婚式


カップルにとって、初めて会った日本人ではないでしょうか。
写真を送ってあげられないのが残念です。

開城には、人々の住む普通のアパートも建っていますが、昔ながらの街並みを保存しているところもあります。
ちょっとした高台から街並みを見渡すことができました。

旧市街鳥瞰


保存された街並みも散策しました。
ちょっと日本の武家屋敷に似ていますね。
民俗旅館として宿泊もできるところもありました。
英語のパンフレットもあったので、外人も受け入れているはずです。

旧市街


我々が歩いたあたりでは、北京の胡同と異なり、普通の人々がそこに暮らしているにおいは感じられませんでした。

でも、落ち着いた建物が残された開城、なかなかいいところでした。


平壌への帰路、朝と同じ休憩所で休憩しました。
こちら側は売店のテーブルが日陰になっており、売り子さんが寒い寒いと言っています。
私は、「それじゃあ抱いてあげよう」と言いたかったのですが、もちろん言えません。
すると、李案内員が寄って来て、ニヤニヤしながら「寒いそうだから抱いてあげなさい」などと言います。
しばらくしたら、別の車の運転手がその売り子と話しているうちに、売り子を抱くまねをして、売り子が笑いながら逃げています。

考えることはみんな同じなんですね。
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  1. 2005/11/16(水) 23:39:46|
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Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
北京駐在中。
サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
生涯現役が目標です。

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