北京ひまつぶし

北京駐在中のおもしろい出来事を、皆様にお伝えします。


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国境越しの悲しい恋物語

ハルモニ


私と同時期に山東大学に来ていた北朝鮮留学生については「平壌への道 その1」で紹介しました。

その内の1人にまつわる、悲しい恋物語があります。
嘘のような、小説のような、お話です。



登場人物は以下の4名:

L氏:北朝鮮留学生。金日成総合大学出身で、北朝鮮留学生のリーダー。
J嬢:山東大学日本語科の学生。朝鮮族の中国人。
W嬢:J嬢の同級生。私にこの話を聞かせてくれた。
A嬢:北朝鮮留学生。2人だけいた女性の一人。J嬢、W嬢と仲良し。

1985年当時、北朝鮮留学生は中国人学生との恋愛が禁止されていました。
私と仲の良かった東赫君も、好きだった娘をあきらめています。

ところが、こういった禁止行為を取り締まるべきリーダーのL氏が、何と同じ大学の朝鮮族の中国人と恋に落ちてしまったのです。
二人は隠れて愛をはぐくんでいました。

さすが北朝鮮、このことは大使館の知るところとなり、L氏は北京に呼び出されてしまいました。
L氏は独房に10日間監禁され、反省を強いられたのでした。

監禁が解け、二度と禁じられた恋愛をしないと誓ったL氏は大学に戻ったのですが、
反省も誓いも忘れて、またこっそり逢引を続けていたのです。愛は強し。

やがて、2人には別れの時がやってきます。
大学卒業後、L氏は平壌に帰るし、J嬢は配属先の大連に行かねばなりません。
山東大学から北京に配属された卒業生でいっぱいの列車に乗り、二人はとりあえず北京に向かいました。
北京で4日間一緒に過ごした後、二人はそれぞれの道に旅立ったのです。

二人はその後も文通を続けていました。L氏は平壌教育学院で教師をしているとのこと。
しかし、その後J嬢が日本に渡ってからは文通も途絶えてしまったのです。
J嬢は日本で何人かの男性と付き合ったのですが、いずれの彼氏もL氏の面影を拭い去ることができず、皆別れてしまいました。

ひたすらL氏を想い続けるJ嬢。

そんなころ、W嬢が平壌に出張することになりました。1999年のことです。J嬢は彼女に、自分の想いをL氏に伝えてくれるよう頼みました。
W嬢は、平壌で受け入れ先の担当者に、平壌教育学院のL氏に会いたい旨依頼しました。
ところが、担当者はしばらく黙った後、彼はもう平壌教育学院にはいない、と告げるだけです。

仕方なく、平壌での日程をこなすW嬢。
彼女が日程に含まれていたサーカスを見に行った時のこと。
会場で懐かしい顔を見つけて思わず叫びました。「Aちゃーん」
A嬢もびっくりです。
しばし旧交を温めました。
A嬢は離婚したとと聞いてまたびっくり。北朝鮮では非常にまれなことなのです。
W嬢はついでに聞いてみました、「L氏はどうしてるか知ってる?」
A嬢の回答に、W嬢は複雑な気持ちになりました、「平壌教育学院で先生をしてるわ(接待係の説明は何なのよ?)。もう子供が2人いるのよ(もう結婚してるのね。でも、当然よね)。」

帰国後、W嬢は旧友のJ嬢に言いました、「もうあきらめなさい。彼には子供が二人もいるんだから。」

それから6年、J嬢はまだ独身だそうです。
J嬢の想いがL氏に届く日は来るのでしょうか?
一日でも早く北朝鮮と中国との間で自由な交流ができるようになってほしいものです。

写真のおばあさん達には、どんな恋物語があったのでしょう?
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  1. 2005/10/20(木) 12:49:10|
  2. 北朝鮮旅行記
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Author:山大22号
横浜の会社から派遣されて
北京駐在中。
サッカーと食べ歩き(飲み歩き?)は
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